ヘーゲル・・・・
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 『ヘーゲル・ボンヘッファー・バルト』 紹介
    教団出版書籍
  『ヘーゲル・ボンヘッファー・バルト』を紹介します。
         (購入を希望される方は 教団本部
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                               1冊800円+送料100円です。   出版委員会)
紹介
  ナザレン新書002

 『ヘーゲル・ボンヘッファー・バルト』
       著者 喜田川 信



発行所 日本ナザレン教団 出版部
発行日 2008年12月25日
サイズ 新書版  ページ 91P
配布価 800円

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『ヘーゲル・ボンヘッファー・バルト』出版によせて
日本ナザレン教団那覇教会 齋藤清次        

 このたび、日本ナザレン教団出版部より、喜田川 信先生著『ヘーゲル・ボンヘッファー・バルト』が出版されたことは、まことに喜びに耐えません。これは、日本ナザレン神学校神学研究会が2008年6月1日に発行した『神学思潮]]U』に掲載された同名論文に加筆して、今回の出版となったことを伺いました。
 喜田川先生は年齢的には若いとは言えないのですが、今日まで一貫して神学の研究に励まれ、これまで多数の著書を出版されました。神学に対する取り組み、その熱情は衰えることを知りません。深い思索から表される論文は、いつも私たちに対して良い刺激と感化を与えています。
 その刺激と感化が私たち牧会者に響くのは、おそらくは喜田川先生の神学が先生の牧会と遊離していないところにあるからではないでしょうか。神学と牧会は常に一体であり、互いに深く関わりあうと思うからです。牧師として一つの教会を牧会するだけでも精神的・肉体的に大変なわけですが、長い年月牧会しながら、同時に神学を深めることは、更に困難なことだと言わなければなりません。その意味でも敬服に価します。
 著者の喜田川先生に、私が初めてお会いしたのは、1950年4月、当時、世田谷区尾山台にあった日本ナザレン神学校の教室でした。先生は、毎週横浜から尾山台に通われ、組織神学やドイツ語などを講じておられました。学生を愛する先生のクラスは、熱心な学びと自由な喜びに満ちていました。また、時としては読書会形式の学びを指導され、キェルケゴールの思想をめぐってクラスは熱気に溢れ、かつ楽しいものになりました。「学びは終生継続してください」というのが先生のいつも変わらぬ奨めの言葉でした。
 先生がこれからもご健康で研鑽に励まれ、後に続く者の良き範となられますよう祈ります。

                2008年12月 アドヴェント




〈 目 次 〉

第一部 バルトとヘーゲル
第1章 カントからヘーゲルへ
第2章 ヘーゲルにおける神の死
第3章 バルトのヘーゲル観
第4章 ユンゲルの神思考 ―それは可能か
第5章 我々に語りかけ、自らをあらわす神
第6章 ユンゲルにおけるヘーゲルとバルト
第7章 ユンゲルに見るヘーゲルとボンヘッファー ―誤解
第8章 ユンゲルにおけるヘーゲルとバルト(つづき)

第二部 バルトとボンヘッファー
第1章 ボンヘッファーのカント、ヘーゲル観
第2章 「教会として実存するキリスト」
第3章 服従なき信仰の問題
第4章 キリストの苦難に与る
第5章 宗教の否定
第6章 無宗教的世俗的キリスト教
第7章 晩年の重大な変化、教会への決定的不信
第8章 神の前で、神なくして生きる
第9章 他者のためのみの存在
第10章 バルト神学の根本基調 ―バルトとヘーゲル
第11章 バルトにおける宗教の否定
第12章 一切は人の業でなく神の業
第13章 真の信仰は必ず服従を伴う
第14章 成人したキリスト者とは何か
第15章 キリストにならうとは何か
第16章 神の「然り」への人と教会の「然り」 ―証人であること
第17章 バルトの「祈り」とボンヘッファーの「祈り」
第18章 バルトにおける究極以前
第19章 バルトのボンヘッファーへの反論
第20章 クラッパートへの批判

あとがき

  (以上)




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